ラベル さざんか の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル さざんか の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2011年2月2日水曜日

白いさざんか

先週のことでした。
寒い中、
大和川へのランニング!!

先日、blogで
紹介した黄梅のある神社、
高崎神社に
行ってきました。

白く美しく咲く
さざんかを見つけると
早速、カメラに手がいきました。
しかし、
風でなかなか撮れなかった・・・。


風がやむまで
待つというのも
体が冷えるし、
一回りした後に
もう、一度トライしてみようと
辺りを見渡す!!


メインの大きな社には、
何にかの参拝者が
来られてるとは思いますが、
それを取り巻く小さな社へは
一番乗りでした。

そう!!足跡一つ
ありませんでしたからね。

お寺や神社によって、
地面の掃き模様が
違うんですが、
ここの掃き方は角があり
とても個性的だ。


お参りも終わり、
もう一度走り出す!!

すっかり、風もやみ、
八重の白色が
はっきりと
映しだされる。


綺麗だよ〜と
声をかけて立ち去る。


勿論、心の中でのみの行動。

2010年2月1日月曜日

2006/01/23の日記 〜さざんか〜

先日、絨毯のように広がる
「さざんか」の花弁を見て、
BLOGを書いた。
じつは何年か前にも
こんな日記書いたなと
調べてみたら、
mixi日記に
書いていた。
4年前のちょうど今頃の日記です。
文章はお粗末ですが
読んでやってください。

僕の住んでる住之江区の花は「さざんか」
だからだろうか、住之江公園には「さざんか」が多い
さざんかとか薔薇の花は長持ちするんだけど
(しぶとく咲いてる感じ)
綺麗な状態でいる時間が短い気がする
満開以降は少し汚らしいまま
その状態を維持してる感じがする
地元住之江を象徴する花なのに
あまり好きじゃなかった


しかし、今日からは違う
紅色のじゅうたんはまわりの空気の色を
変えてしまうほど美しく
(少しまわりがピンクに見える)
特別な日でもないのに
その上を歩かせてもらうことを拒まない
人を選ばず
とてもセレブな気持ちにさせてくれる


自然だけは平等、そして「さざんか」の新しい一面を
思い知らされた
そんな一日でした
もともと美しいものなのに
気付いてあげられなかっただけやね



2010年1月28日木曜日

ピンクの絨毯 〜さざんか〜

何年か前から
こんな写真を撮るようになった。
幼少の時に
あまり好きではなかった
お花を好きになるきっかけにもなった。


今回、以前撮っていた写真と
少し違うのは
落ち葉の茶色、
そして、雑草などの
緑色もほどよく
混じっていることだ。


グリーンとピンクは合う。
ブラウンとピンクも合う。
グリーンとブラウンはどうかな!?
少し違うと思う。
しかし、3つの色が重なることによって
すごくいい感じになっていると
僕は感じる。


春の七草から
ハコベラも参加!!


流石に公園。
公の場所ということで
けっこう自由に育ってる!!


さざんかの特徴として
どんどん新しい花が咲き、
古い残骸も長い間
そこに残ってしまう。

そういうところが
子供の時にはとても苦手だった。


しかし、地面に目をやると
上の方では見込めない
情景がそこにある。


落ちた花弁も
残骸などとは思えないほどの
美しさに
儚さをも
維持している。

大人の魅力とでも
言おうか?


低く目をやり、
そして、更に遠くを見てみると
そこには、都会では決して見ることが
出来ないと思っていた。
地平が目の前に現れた。

ある意味、
頂上からしか
遠くは見えないっていうのも
間違っているような気がした。


頂上からしか見えないものも
あれば、
頂上からは見えないものも
絶対にある。


自分の経験と
照らし合わせて
どちらが楽しいか
考えたり、
楽しんだりしてみたい。


向こう側が見えないのも
“冒険”って意味では
とても魅力のある話だ。

2010年1月27日水曜日

神社には、〜椿(つばき)〜

昨日、紹介した蝋梅のある
大阪は住之江の高崎神社。
いつ行っても、
綺麗に庭が掃かれていて
気持ちいい!!


そして、住之江区の花、
さざんか、椿科の植物が、
たくさん植えられている。

蕾を多く蓄え、
これから咲いていくであろうものも多く、
そして、花弁が中途半端に散ってしまった
儚くも美しい残骸も
多かった。

その日は、
それらに
カメラを向ける気持ちには
なれなかったので、
特別に美しいものだけを
撮ってみた。


白の八重。


ピンクに白の斑入り。

その日の気分や
体調によって
現実を直視する力が
無い時だってある。
今日はこれでいい。

でも、ずっとこれでは
いけないとわかっている。

強くものに対面するための
リハビリなのかもしれない
自分の不思議な行動。

自分にとっては
よくあることだ。